こんちゃ。熊次楼です。 音楽と趣味である鉄道をのびのび書いていきます。
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己の過去を振り返ってみる。
2014-02-17-Mon  CATEGORY: 未分類
高校3年になって改めてこの動画を見てみました。

http://www.youtube.com/watch?v=w-sNmtNOxmo

当てはまることが多すぎる…。
発達障害って意外と気づかれにくいのが難点なんだよね。
だからと言って人を責めちゃいけないって小学校の4年の担任が
言ってたっけなぁ。その言葉がきっかけで自分が「障害者」って
気づくんだよね。

ある同学年に脚力麻痺障害の友達がいて、他の子と自由に遊べない。
自分はただ車いすに座って黙ってほかの子が遊ぶのを見るだけって
友達がいた。今でも親友だけどね。
だけど僕はその友達と違って走れるし、飛躍(ジャンプ)できる。

なのに友達が出来ない。

他の子の言っていることが全く持って理解できないから。
文章もろくに書けないし、何か自分が行動するとすぐに誰かさんから
「お前(てめぇ)は何もできねぇ大馬鹿野郎。」って罵られてさ。
その時も自分が罵倒されているなんて解らなかった。

小学校高学年後半から自分は蔑まれていると分かったけど、
結局端からいじめられてたんだって気づいたんだよね。
だけどそれに気がついた時の担任はいじめの件を両親に何も伝えない。

自分が伝えても「嘘」になるだけ。

それで嫌になって小学生から始めていた水泳もやめて、クラスの周り
の連中も信用できなくなって、クラスメート殆どに睨みを利かす様に
変わっていった。唯一信用できたはずの「両親」にも話すことが出来なくて、
一人で抱えて夜布団にくるまってワーワー泣いて………。
この頃の真実を今になって言える自分が未だに嫌いでしょうがない。

信じきれない小学生時代を送る。
そんで自分の口はどんどん悪くなる一方で、それでも空気を読めなく
て…。自身は「孤立の暗闇」に投げられる一方だった。
当時小学生高学年頃の僕には彼女がいて(信じられないかもしれないけどw)僕はその子だけを信じていた。だがあるとき、学校を震撼させる事件が起きてその主犯格に彼女がいた。先生たちに主犯格扱いされていた彼女はもう僕が知っている彼女じゃなくて、目が透き通っていない死んだ目をしていたのを今でも覚えている。それが小学生の間だけで3度位続いて僕はその後、高校1年生後半になるまで、男も女も信用できなかった。

「自分が信じたやつはいつか必ず自分を裏切る」ってね。

常に疑ってかかっていて、そうそうあの頃は両親にもそういう態度とってたっけ。
自分は勉強だけすればいいってなって、益々相手の気持ちを読めなくなった。
多分今でもそうかもしれない。

「しっかりしてない。子供っぽい。」って言われていたから、
大人のふりをするしかないって自分に言い聞かせてた時もあった位。
誰もこの悩みを解決してくれないだろうと思いながら毎日を過ごしていた。何時も何時も自分の首を絞めながらね。

だから唯一の安心できる場所は小さいころからやっていたギターだった。大好きなギターで出来た仲間は本当に自分の宝だと今でも思っている。自分が自分でいられる場所、それが「ギター」がある場所なんだなぁ…。

――――――――――――――――

動画の感想に長ったらしいマイナス文章書いて申し訳ないですが、
この動画を見て一気に自分の幼い頃を鮮明に思い出しました。
ここに書いてあることはすべて事実です。
僕はこの幼きころの体験に非常に感謝しています。何故ならば…、
この頃の僕がなかったら今の僕は無かったかもしれません。
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