こんちゃ。熊次楼です。 音楽と趣味である鉄道をのびのび書いていきます。
熊次楼の音楽(鉄道?)ワールド
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熊次楼の演奏予定
2014-03-19-Wed  CATEGORY: 未分類
05/03(土・祝)第45回クラシカルギターコンクール
ゲスト演奏
所:武蔵野文化会館(最寄駅:JR 三鷹)

05/17(土)菅沼聖隆・飯野なみ デュオジョイントコンサート
所:アンダンテ アイゼナハホール(最寄駅:JR 御茶ノ水・東京メトロ 新御茶ノ水・神保町)
時間:17:00開演

06/14(土)福岡由理フラメンコ舞踊教室生徒ライブ
伴奏演奏
所:エストレーヤ 神谷町(最寄駅:東京メトロ 神谷町)
第1部:13:00開演 第2部:17:30開演

06/29(日)日本重奏ギターフェスティバル・コンクール
ゲスト演奏
所:きゅりあん小ホール(最寄駅:JR・りんかい線・東急大井町線 大井町)

07/05(土)菅沼ユタカ ケーナ・サンポーニャフォルクローレ教室 万象房夏祭りライブ
所:町田万象房(最寄駅JR・小田急 町田)
(17:00頃?)
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今日は卒業式。
2014-03-03-Mon  CATEGORY: 未分類
本日、私の通っている学校(鶴大附属高校)で卒業式が執り行われます。
そしてこの卒業式に卒業生の一員として私も出席いたします。

この学校には中学の頃から通っていますので、通算6年通ったことになります。
僕にとってこの6年間は正直短かったです。いつものように電車で通学し、そ
して授業を受け、部活に出て帰宅して…と考えてみれば平日~土曜にかけて休
む時間などなかったように思います。

それにこの6年間で習ったことがどのくらい頭の中に入っているのかすらも解
らない状態です。ですが、それこそが楽しみであり、冒険であったと思います。
小学生の頃の6年間と中学高校の6年間は全く違うよと耳にタコが出来るほど
聞かされたものですが、本当にそうだったと思います。

あるときは笑い、ある時は悲しみ、ある時は怒り、ある時は喜び、喜怒哀楽が
充実した日々だったように感じます。それが自分にとってどれだけ重要だった
かというのは今はまだはっきり解りません。自分の成長につながったことは確
かです。

学校という異色の環境の中で、終始自分には何が足りないかを考えていた事を
思い出します。考えてみれば同じ場所に同年代の人間が二百何人もいる事自体
不思議な環境だと思うわけですが、学校の雰囲気はそれを全く感じさせていま
せんでした。ですから、好みの教師にはあーだこーだわがままを言い、嫌いな
教師には耳を傾けず、自分のやりたいことだけやってしまうということができ
てしまうのでしょうね。

周りの皆からは僕のこの体型ですから、「おじさん」「おとうさん」「教授」
(あとまれに「関取」とかもあったな…)とか沢山のあだ名を頂きました。(笑)
ですが僕はこのあだ名に心底感謝しています。こう呼んでくれることで、仲間
との時間を共有できるわけですからね。

「あだ名」なんて僕が小学生の時なんか全く無くって、「菅沼」とか「ウザい
奴」とか「ゲスヌマ」とかあだ名なんだか悪口なんだかよくわからん呼ばれ方
をされていたものでした。ですから中学高校時代のあだ名は今でも感謝してい
るんです。それだけ肩身が狭い奴だったんでしょうが…

卒業という時を目の前にした今、これから躍進していく自分とこれまで成長し
てきた自分を見つめ直しています。それこそが今卒業生としての自分が出来る
最高の事だと思っています。

私はこれからもギターで活躍していきます。そのための努力段階は惜しまない
つもりです。卒業して別れる仲間、そしてこれから会える新しい仲間に常に感
謝し、今後とも音楽とギターを精進していこうと考えております。


学生時代の僕を支えてくださり、応援して下さった方々、本当にありがとうご
ざいました!!あなた方の支えがあったこそ今の自分があると思っています。
そしてこれからも応援し続けてください!!よろしくお願いします。

学生時代の熊次楼より。
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己の過去を振り返ってみる。
2014-02-17-Mon  CATEGORY: 未分類
高校3年になって改めてこの動画を見てみました。

http://www.youtube.com/watch?v=w-sNmtNOxmo

当てはまることが多すぎる…。
発達障害って意外と気づかれにくいのが難点なんだよね。
だからと言って人を責めちゃいけないって小学校の4年の担任が
言ってたっけなぁ。その言葉がきっかけで自分が「障害者」って
気づくんだよね。

ある同学年に脚力麻痺障害の友達がいて、他の子と自由に遊べない。
自分はただ車いすに座って黙ってほかの子が遊ぶのを見るだけって
友達がいた。今でも親友だけどね。
だけど僕はその友達と違って走れるし、飛躍(ジャンプ)できる。

なのに友達が出来ない。

他の子の言っていることが全く持って理解できないから。
文章もろくに書けないし、何か自分が行動するとすぐに誰かさんから
「お前(てめぇ)は何もできねぇ大馬鹿野郎。」って罵られてさ。
その時も自分が罵倒されているなんて解らなかった。

小学校高学年後半から自分は蔑まれていると分かったけど、
結局端からいじめられてたんだって気づいたんだよね。
だけどそれに気がついた時の担任はいじめの件を両親に何も伝えない。

自分が伝えても「嘘」になるだけ。

それで嫌になって小学生から始めていた水泳もやめて、クラスの周り
の連中も信用できなくなって、クラスメート殆どに睨みを利かす様に
変わっていった。唯一信用できたはずの「両親」にも話すことが出来なくて、
一人で抱えて夜布団にくるまってワーワー泣いて………。
この頃の真実を今になって言える自分が未だに嫌いでしょうがない。

信じきれない小学生時代を送る。
そんで自分の口はどんどん悪くなる一方で、それでも空気を読めなく
て…。自身は「孤立の暗闇」に投げられる一方だった。
当時小学生高学年頃の僕には彼女がいて(信じられないかもしれないけどw)僕はその子だけを信じていた。だがあるとき、学校を震撼させる事件が起きてその主犯格に彼女がいた。先生たちに主犯格扱いされていた彼女はもう僕が知っている彼女じゃなくて、目が透き通っていない死んだ目をしていたのを今でも覚えている。それが小学生の間だけで3度位続いて僕はその後、高校1年生後半になるまで、男も女も信用できなかった。

「自分が信じたやつはいつか必ず自分を裏切る」ってね。

常に疑ってかかっていて、そうそうあの頃は両親にもそういう態度とってたっけ。
自分は勉強だけすればいいってなって、益々相手の気持ちを読めなくなった。
多分今でもそうかもしれない。

「しっかりしてない。子供っぽい。」って言われていたから、
大人のふりをするしかないって自分に言い聞かせてた時もあった位。
誰もこの悩みを解決してくれないだろうと思いながら毎日を過ごしていた。何時も何時も自分の首を絞めながらね。

だから唯一の安心できる場所は小さいころからやっていたギターだった。大好きなギターで出来た仲間は本当に自分の宝だと今でも思っている。自分が自分でいられる場所、それが「ギター」がある場所なんだなぁ…。

――――――――――――――――

動画の感想に長ったらしいマイナス文章書いて申し訳ないですが、
この動画を見て一気に自分の幼い頃を鮮明に思い出しました。
ここに書いてあることはすべて事実です。
僕はこの幼きころの体験に非常に感謝しています。何故ならば…、
この頃の僕がなかったら今の僕は無かったかもしれません。
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ふと思ったこと
2013-10-26-Sat  CATEGORY: 未分類
今月(10月)の14日(月・祝)~21日(月)の1週間、スペインのセビーリャに渡航してきました。
様々なアクシデントはありましたが、とても楽しかったです。

僕は初めて外国へ旅立ったのですがその時思い出した曲がありまして、
それが「旅立ちの日に」です。
学校卒業の定番曲になっているこの曲は、生徒たちの卒業後への応援歌として今でも親しまれています。
ただ、僕はこの曲が一体どういう意味を持ち、どのような感情が込められているのかさっぱり解りません
でした。「別れの時」だけが「旅立ち」なのかということです。何故にそこまで「旅立ち」が重要なのか。

今回の僕の旅に当てはめてみます。「日本からスペインへ旅立つ日に」ですよね。

「楽しく」「洗礼を受け」「これからの糧にする」という3点を基にスペインへ旅立ったつもりでした。
それさえ出来れば刺激があるはずだと思ったからです。

―ですが、それだけではありませんでした。―

 白い光の中に 山並みは萌えて
 遙かな空の 果てまでも 君は飛び立つ
 限りなく青い 空に心ふるわせ
 自由をかける鳥よ 振り返ることもせず
 勇気を翼にこめて 希望の風に乗り
 この広い大空に 夢を託して

考えてみたらそうですよね。遥かなる空を通り、将来の夢を見ながらスペインに行ったわけです。
この歌詞は1番ですが、知らぬ間にこの内容をやっていたんですよね。帰国してからこの歌詞を改めて
見てみると、とても「関心をもてる」というか、凄くわかるというか、とにかくこの通りだなぁと思っ
たんです。(今回の空は青くなかったですが…(泣))

だから、日本から旅立ち、振り替えることもせず翼に勇気を込めながら夢を託していく…。
非常に感動しました。今さっきこの歌詞が意味するものをわかったような気がします。
1番や2番に共通してサビに使われているのも納得いきます。(^^)

そして2番の歌詞

 懐かしい友の声 ふとよみがえる
 意味もない いさかいに 泣いたあの時
 心通ったうれしさに 抱き合った日よ
 みんな過ぎたけれど 思い出強く抱いて

これはまだ体験はしてないのですが、考えてみればこの11年間で色々あったなぁと思いました。
中学生になりたての頃これだけはわかっていて、小学生の頃は色々喧嘩したなぁとか友達と遠出
して親に名一杯怒られたなぁと思い耽っていました。

そして高校3年になった今、言い合いを先生や生徒とたくさんして何が悪くて何が良いかとかも
よく解ってきたような気がしているんですね。
まだまだ「未熟者」ですが、これからも色々な体験をしていこうと思いました。

そしてこの「旅立ちの日に」の歌詞にあるように、立派な夢を空に託せるようこれからも頑張って
いきます。

ギター精進は一生変わらない私の使命です!!

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初めて第三者の視点からみたコンクール
2013-08-19-Mon  CATEGORY: 未分類
昨日、第38回GLC学生ギターコンクールを観戦しました。

いやぁ、一言では表せることが出来ないレベルの高さでした。
本選欄高校生の後半~大学生全体を聞かせてもらいましたが、
これだけでも今年の出場者のレベルが高かったんだなと思い...
ました。

僕は初めて第三者としてコンクール会場に向かったわけですけれども、
コンクール出場者って凄いんだなと思ってしまいました…。
今まで7年間あのような場所で同世代と戦ってたんだなと思うと、よく
戦ってたよなとしみじみ感じました。
それと同時に、コンクールはたとえレベルは同じであれども
順位はつけなければならないという残酷さも知りました。
(あ、あと出場者の保護者の皆様の緊張感も体感しましたwww)

コンクールに向けて1位をもぎ取ってやる(まではいきませんが[汗])、
てな感じの意気込みが言葉では表現できないほどヒシヒシと伝わりま
した。それはなぜかというと僕が思うコンクールの意気込みよりも今
回の出場者の方がはるかに上回っていたのです。
(もちろん、僕もコンクールに出る時の熱い意気込みはあります。)
ですから、演奏を聴いた時に頬にビンタを食らうぐらいの衝撃が走り
ました。

これからも、コンクールを出場するだけでなく、観戦もしていき、
より深く演奏家(音楽家)としての意気込みを勉強していこうと思い
ます。

あ、そうだ。最後に
本日入賞、また、優勝されたかた。本当におめでとうございます!!
(そして本当にお疲れ様でしたwww[汗笑])
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